人は自分の暗黙理論で、モノを考えている

人は自分の暗黙理論で、モノを考えている

好きなことしかしない人は、窮地を切り抜けられない

暗黙の理論(implicit theory)とは、自分自身でも意識していない、無意識の独自理論のことだ。

 

人間は、何かを決めたり行動するときに、自分の持っている様々な価値観で、その決断や行動を決めている。

 

たとえば知能は努力と工夫によって、いくらでも伸ばせると考えている人は、苦手なことでも根気よく努力する。

 

こういう考えを「成長理論」とか「増加理論」などと呼ぶ。

 

難しいことは、乗り越えるのに、かなりの根気と時間が必要だ。

 

目標が大きければ大きいほど、目標達成のために必要な、新しい知識や新しい技術が必要だ。

 

その新しい知識や技術を身につけるには、どうしても根気よく努力するしかないし、乗り越える術を探し求めるしかない。

 

なので成長論者は、休み休みであっても、目標達成に近づければ良いと考えている。

 

また、目標を達成出来なくとも、努力の途中で得たいろんな事が、次の成功につながると考えている。

 

一方、暗黙の理論として、「才能の無いことは努力してもムダ」だと思ってる人は、自分の好きなことしかせず、困難を乗り越える努力を拒否する。

 

そのため、自分が窮地に陥ったとき、どうやってそれを乗り越えれば良いか、経験が無いから全く分からない。

 

自分の好きなことばかりやってきたので、嫌いなことには取り組めないのだ。

 

そして努力してジタバタすると言うことができず、窮地を乗り越える術を持たずに、どんどん追い込まれていく。

 



自分の暗黙理論は、意識していないことも多い

自分自身の暗黙理論は、自分でも気づいていないことが多い。

 

というのも成長論者でも、知能・性格・運動の全てに、努力で成長出来ると考えているわけではないからだ。

 

知能はいくらでも伸ばせると思っても、性格は変えられないと思っていれば、コミュニケーション能力に関しては、あまり努力をしない。

 

また知識や性格は変えられると思っても、運動能力に関しては、体格や生まれつきの能力が重要で、努力の甲斐がないと考えていることもある。

 

そのため、努力できる人でも、無意識に、成長出来そうな分野に、努力や資源を重点配分している場合もある。

 

そして自分が苦手な分野、つまり努力で変えられないと思っていることは、なんとかそれでやり過ごす努力をする。

 

たとえば「性格は変えられない」と思う人は、自分の性格を変える努力をするよりも、自分を受け入れてくれる人を選んでつきあおうとする

 

意見が異なる相手は拒否しがちで、自分を評価してほめてくれる人を選ぶ。

 

というのもこういうタイプの人は、他人と比べられることで、自己評価が下がることを怖れるのだ。

 

違う意見の人と交わることで、新しい知識を得たり、自分自身の知見を拡げるよりも、ダメな自分をさらしたくないのだ。

 

そこであまり積極的に他人と関わらなかったり、他人から否定されないように振る舞う。

 

つまり努力によって成長出来ると思っていても、苦手分野では、やはり消極的になるわけだな。

 


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