ジムの効用 環境が良ければ努力しやすい

ジムの効用 環境が良ければ努力しやすい

成長出来る環境というのがある

人間は、自分の持つ暗黙理論によって、努力するかどうかを決めている。

 

たとえば、努力すれば成長できると自分が考えている野では、努力を惜しまない。

 

勉強したり練習したりすることで、知力や能力が上がると思っていれば、たとえ自分の望む境地にたどり着けなくても、その過程で得た知識や体験は、自分を高めてくれると信じている。

 

しかしいくら努力しても、あまり成長できないと思う事には、時間や努力をさほど費やさない。

 

英会話や楽器、スポーツなど、できれば良いなと思うことは色々あるが、人生の持ち時間は有限だ。

 

そこで、自分が成長したいことに、自分の持つ資源を重点的に配分せざるを得ないわけだ。

 

一方、「才能が無いことは、いくら努力してもダメ」だと思う人もいて、こういう人は、努力全般を拒否する。

 

こういう「努力してもムダだ」という暗黙理論の持ち主は、この考えが変わらない限り、努力することにブレーキがかかってしまう。

 

となると、目標を達成するには、「努力することでできるようになる」という事が実感出来るような、新しい環境に入るしかない。

 

努力によって向上出来るような物語や、それを目の当たりにできる環境が必要だ。

 

たとえば、同じ内容を教えている学習塾でも、やればできるという点を強調するか、その他のことを強調するかで、成績の上がり具合は変わってくると言う。

 



ジムの効用

勉強ができる親の子供は、勉強ができるようになりやすい。

 

勉強ができない親の子供は、勉強できるようにはなりにくい。

 

これは、本人の努力の差もあるが、家庭環境による差が大きい。

 

というのも勉強ができる親は、努力しなければならないと思っていて、子供にも努力の重要性を説くからだ。

 

そして勉強に必要な机や文房具、本や辞書や図鑑などを揃えてくれる。

 

逆に勉強ができない親というのは、勉強にも才能が必要だと思っていて、努力することの重要性を感じていない。

 

そのため、図鑑どころか辞書さえ、家庭にない事も多い。

 

こういう親は、家庭学習という概念すらなく、家で読み書きや九九を教えることもないし、子供が読み書き出来なくても平気だ。

 

こういう環境で、子供が勉強出来るようになったら、不思議なくらいだが、それが分からない。

 

つまり、できない理由の半分は、できない環境のせいなのかも知れない。

 

努力してできるようになった人が、周囲にたくさんいる環境なら、努力することに抵抗がなくなる。

 

進学塾や予備校に行けば、学問に取り組んでいる生徒がたくさんいるし、ウエイトトレーニングのジムに行けば、筋肉モリモリの見本がたくさんいる。

 

同じ方向を向いて努力していて、それなりの成果を上げている人がいれば、「よし自分も努力してみよう」という気にもなる。

 

自分の達成したい目標を、目に見えるところに張り出すのも、自分の無意識に働きかけて、努力しやすい環境作りになる。

 


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